2011年2月28日月曜日

川崎市市民ミュージアム:宇野亜喜良のポスター展



シリーズ・日本のグラフィックデザイナー
宇野亜喜良のポスター展
2011年01月22日〜2011年04月10日
川崎市市民ミュージアム

宇野亜喜良(1934年〜)によるイラストレーションのポスター。
庭園美術館の「20世紀のポスター[タイポグラフィ]」展とは対極的な表現です。



会場では宇野亜喜良氏に柏木博氏がインタビューしたビデオ(DNP制作)が流されています。
印象に残ったのは、宇野氏が自分はデザイナーである、と述べていた点。
絵本や挿絵の仕事が多いですし、ポスター作品もイラストが大きな比重を占めていますので、イラストレーターという呼び名でもよいような気がしますが、デザイナー。

ビデオでご本人が強調されていたのは、イラストを描くにあっても、それが画面のなかでどのように配置されるのか、全体の構成を考えながら描いているという点です。その言葉をふまえて改めて作品をみると、確かにその構成力のすばらしさに驚嘆させられます。描き文字もすばらしい。

昨年秋には刈谷市美術館(愛知県)で宇野亜喜良の大きな展覧会が開催されたそうです。知らなかった。巡回なし。図録も売り切れているとのことでとても残念です。

* * *

ウチにある宇野亜喜良装幀作品。
今江祥智『きょうも猫日和』マガジンハウス、1991年10月。



60年代のサイケデリックなポスターとは趣が異なり、表紙、挿画と、とてもやわらかい、やさしいタッチです。
宇野さんはネコが好きなのでしょうか。



タイトルをいくつか並べてみたら、漫画みたいになってしまいました……


宇野亜喜良とも今江祥智とも関係ないと思いますが……



すなっく どしゃぶり猫

2011年2月27日日曜日

たばこと塩の博物館:小林礫斎 手のひらの中の美



小林礫斎 手のひらの中の美 〜技を極めた繊巧美術〜
2010年11月20日(土)〜2011年2月27日(日)
たばこと塩の博物館

超絶的なミニチュアのコレクション。

写真や印刷物になってしまうと、往々にしてモノのオリジナルのスケール感が失われてしまいます。「原寸大」と註記したとしても、人間の眼は自分の知識と経験に従って、勝手にスケールを「翻訳」してしまいます。下の写真の蒔絵硯箱は立て4.13 cmのミニチュアですが、ただ写真だけではスケールが実感できないことと思います。このチラシでは原寸大であることを示すために端にメジャーを印刷しています。見る人の勝手な視覚的補正が生じないように、という工夫でしょう。なかなかいい試みですね。



作品はどれも驚くばかりの技巧。
展覧サイトにいくつか画像があるのでぜひとも見て欲しいと思います。とはいうものの、こればかりは実物を見なければスケールを実感できないことと思います。残念ながら展覧会は終わってしまいましたが、モノはたばこと塩の博物館のコレクションですので、きっとまた見る機会があるでしょう。そのときにはぜひ。

* * *

昔は新聞記事の写真で、モノの大きさを示すためにタバコの箱を一緒に並べた写真をよく見た覚えがあります。最近見かけないのは、禁煙活動の影響でしょうか。それとも、専売公社が民間企業になったため?

ところで、現代において人々が共通のスケール感を持っているオブジェクトって、なんでしょう? 硬貨とか?

2011年2月26日土曜日

ICC:みえないちから




みえないちから
2010年10月30日(土)〜2011年2月27日(日)
NTTインターコミュニケーション・センター[ICC]

この展覧会では,……さまざまなエネルギーや現象としての振動をめぐる多様に解釈されうる「みえないちから」を表現する作品を紹介します.


どれも面白かったですよ。
でも、メディア・アートって何?



相変わらず分かりません。何が分からないのか、考えてみましたがよく分かりません。



たぶん、モノがそこに、そのようなカタチで存在する理由が分からないからなのだと思います(観る側の問題ですけど)。

Q. デザインの創造は制約を受けいれますか?
A. デザインが制約に負うところは大きいと思います。

Q. どのような制約?
A. およそ制約とみなされるものすべて。
デザイン上の問題解決に有効なカギもここにあります。
デザイナーは出来る限り多くの制約を認識する能力を備えるべきだし、
それらの制約に喜んで、また熱意をもって当たる、といったことです。
制約は、価格、サイズ、強度、バランス、表面処理、時間など
キリなくありますね。

Q. デザインは法則に従いますか?
A. 制約だけで充分でしょう。

答える人:チャールズ・イームズ(「イームズ・デザイン展」図録、2001年、11頁)

デザインというものは、多くの制約があって、求められる様々な条件をクリアしてゆくことで、なぜそのカタチなのかということが見えてくる。カタチは異なってくるし、問題解決の程度も様々だけれども、目指す方向はそれほど大きくはぶれない。理由や問題が使い手の側の問題であるので、そのモノを手にしてみればどれほど問題が解決されているのか、なにが問題だったのか、説明されなくても使い手が評価できる。

でも、ここにあるものは、たとえば使っている電球がもう一つ多くても、あるいは少なくてもいいじゃない? 木でできているけど、アルミじゃだめなの? 「触らないでください」と注意書きするなら、最初から触れることができないようにすればいいじゃない? きっと理由があるはずなのだけれども、私にはさっぱりです。まずは問題を理解するところからはじめなければ。

* * *

ICCの案内図がいい。



同じ場所にありながら、東京オペラシティ アートギャラリーの地図は、きまじめ。新宿駅から案内するか、初台駅から案内するかの違いもあるけれども。

2011年2月25日金曜日

東京オペラシティ アートギャラリー:曽根裕展 Perfect Moment:分からない



曽根裕展 Perfect Moment
2011年1月15日[土]─ 3月27日[日]
東京オペラシティ アートギャラリー

数日前からのエントリの続き。人形とはなにか。彫刻とは何か。
曽根裕の作品は、彫刻である。人形ではない。人ではないから。
見りゃ分かるか。

素材が大理石であることは、関係あるのだろうか。大理石の、高さ15cmの人物像であれば、それは彫刻か、人形か。

とはいえ、曽根裕展に展示されている作品は彫刻なのだが、曽根裕は彫刻家ではない。たぶん。

* * *

曽根裕の作品について。

展覧会フライヤーより。

大理石の彫刻。

何が彫られているかといえば、観覧車だったり、マンハッタン島のミニチュアだったり。
それが、広い会場に数点。周囲には植栽。これも作品の一部なのだろうか。作品だとしたら、再現性はない。このとき限りのインスタレーション。他に、籐でつくられたバナナの樹。クリスタルでできた、ギリシャ建築風柱の一部(半分だけ、照明が当たっている)。そして、ふたつのビデオ作品。


* * *

この作品にどう向かい合ったらよいのか、よく分からない。いやいや、さっぱり分からない。それはつまらない、というわけでもない。たとえて言うなら、すごく真面目な人が駄洒落を言うのだが、はたしてそこで笑ってよいのか、判断に困るという感じである。

笑っていいのか? いいなら、遠慮なく笑わせてもらうのだが。

* * *

こんな評もある。

David Zwirnerの権威(もちろん、抵抗の対象という意味ね)があって、「アート」っていう枠(リレーショナルとかコンセプチュアルアートが便利!)が与えられていれば、あとはプロの業界人たちが適当な理論を身に纏わせてくれるし、実際の仕事は下請け(もちろん、物づくりの喜びを分かち合うためよ)に出せばいいんで、作家のわたしがすべきことは、女装でもしてキャラ立ちすることと、高価な自然素材を用いることくらいね。
水晶と大理石で、東西融合!って、まだまだこの図式は有効よ。
http://www.art-it.asia/u/reviewa1/N8ZtCmMEwoJ5ns3qblP9/(2011/2/26取得)

モノについては、上の評の通りであると言ってしまえば身も蓋もない。でも、だからくだらないのか、だから面白いのか。

自分の知識や固定観念とのギャップが大きいほど、笑いや驚きのインパクトは大きい。
大理石という素材で、中国の職人を使って、観覧車を彫る。このようなモノにエネルギーとお金を費やすなんて。他人と一緒に来たならきっと、「面白いね」「くだらないね」と同意を求めたと思う。

こういう観賞のしかたでいいんですよね。まったく自信はないのだけど。

2011年2月21日月曜日

日本民藝館:日本の古人形




特別展 日本の古人形
-三春・鴻巣・堤など-
2011年1月9日(日)~3月21日(月・祝)
日本民藝館


昨日のエントリの続き。
人形と彫刻の違いはなにか。
こういうものは「人形」であって、「彫刻」とは呼ばれないと思います。
それは小さいから?
同じカタチでも、木彫、無彩色で、高さ1mあったらどうなのでしょう。
あるいは同じ大きさで、ブロンズ製でしたら、それは人形でしょうか。
用途、あるいは観賞する側の問題なのでしょうか。



そもそも日本語の「彫刻」=彫って刻むという言葉が変だと思います。

ちょう-こく【彫刻】木・石・金属などに文字や絵・模様を彫り込むこと。また、木・石・金属などを彫り刻んで立体的な像につくり上げること。また、その作品。

土や粘土、紙を重ねていったものは「彫刻」ではないのかって話なのです。

英語では

sculpture |ˈskʌlptʃə|
noun
the art of making two- or three-dimensional representative or abstract forms, esp. by carving stone or wood or by casting metal or plaster.

技法としては彫塑carvingも鋳造castingも含む定義です。

ところで「人形」は英語で「doll」です。
この展覧会の英文タイトルは「Japanese Antique Dolls」なのですが、それはそれで違和感を感じます。「doll」は「used as a child's toy」、すなわち子供のおもちゃだからです。置物としての人形は「doll」なのか。
たしか、陶製の人形は「figurine」です。
では張り子の人形は?



どんどん分からなくなってきます。

2011年2月20日日曜日

東京国立近代美術館工芸館:現代の人形展




所蔵作品展 現代の人形
—— 珠玉の人形コレクション ——
2010年12月3日(金)~2011年2月20日(日)
東京国立近代美術館 工芸館


人形と彫刻の違いってどこにあるのだろう、と思ったのです。
モチーフ? サイズ? 素材? 表現?

もちろん、「人形」としか言いようのない作品もあります。
でも、「彫刻展」というタイトルの展覧会に出品されていれば、ああそうなのか、と思うようなものもあります。


高浜かの子「騎馬戦」1940年

人間だけが人形ではないですよね。
動物も、人形ですよね。


高浜かの子「夢の中に遊ぶ」1940年

サイズが小さいから、人形?


川上南甫「うららか」1974年

人間のようだから、人形?


川上南甫「伝説の池畔」1974年

シチュエーションまで作り込まれていれば、人形?


野口園生「木の芽時」1981年

素材が布なら、人形?


川崎プッペ「女」1959年

等身大でも、人形?


北川宏人「スキンヘッド」2007年

作家の出自で定義できる?
川上南甫=人形師である伯父に師事。
川崎プッペ=人形劇団国民人形劇を主宰。
高浜かの子=人形師太田徳久に師事。
野口園生=堀柳女人形宿に入門。
北川宏人=金沢美術工芸大学彫刻科卒業/イタリア、カラーラ・アカデミア美術学院彫刻科卒業。

う〜ん、分からない。

※撮影すべて筆者※

* * *


| takebashi | feb. 2011 |

2011年2月18日金曜日

サントリー美術館:マイセン磁器の300年




日独交流150周年記念
国立マイセン磁器美術館所蔵 マイセン磁器の300年
サントリー美術館
2011年1月8日(土)~3月6日(日)

1710年にアウグスト強王がマイセンに磁器工場の設立を宣言してから300年。昨年秋、大倉集古館でやはりマイセン展がありました[2010年10月2日〜12月19日]。サントリー美術館でのマイセン展は何が違うのか。

① 前者が国内所蔵家の作品を中心にしていた(図録による)のに対して、今回の展覧会はドイツ国立マイセン磁器美術館所蔵の作品によるものである。 ② 前者がほぼ18世紀の作品であったのに対し、こちらは現代まで300年の歴史を振り返る展覧会であること。 ③ 前者が小品中心であったのに対し、こちらには大物が出品されていること。 ④ こちらの図録にはドイツの研究者による解説が掲載されていること。

こうして書き出してみると大倉集古館(4月23日から京都・細見美術館に巡回)での展覧会がやや見劣りする印象がありますが、けっしてそんなことはありません。サントリー美術館の展覧会は300年の歴史を辿るということで、個々の作品の紹介は限定的。これに対して、大倉集古館での展覧会では、シノワズリ、柿右衛門写しなどの優品多数をじっくり見ることができました。ようするに、どちらも見るべき展覧会です。

* * *

大物は、例えばこんな感じ(↓)。
J・J・ケンドラー(Johann Joachim Kaendler, 1706-1775)による「アオサギ(1732年)」。高さ88 cmです。


「メナージュリ動物彫刻、アオサギ」
『マイセン磁器の300年』展覧会図録、NHKプロモーション、2011年、65頁。

ケンドラーが制作を望みながら、資金不足等で実現されなかったアウグストIII世の騎馬像の頭部(↓)。これだけで高さ76 cm。


「アウグスト3世騎馬像の頭部」
『マイセン磁器の300年』展覧会図録、NHKプロモーション、2011年、66頁。

下の写真は、頭部がその一部となるはずであった騎馬像の雛形。頭だけで76 cmということは、完成していたとしたらどれほど巨大な象になっていたのでしょう。雛形は騎馬部分だけですが、出品されています。


「アウグスト3世騎馬像雛形」
『マイセン磁器の300年』展覧会図録、NHKプロモーション、2011年、158頁。

スワン・セルヴィス(↓)。原型は1740年頃に作られた合計2000点に上るセルヴィス。出品されているのは後世に同じ型から作られたもの。下のマスタード用ピッチャーは2004年の制作だそうです。このように、この展覧会には、原型の制作年代は古いものの、その再制作(?)作品が多く見られます。上のアウグストIIIの頭部も、展示されているものは1922年の制作です。


「スワン・セルヴィス、マスタード用ピッチャー」
『マイセン磁器の300年』展覧会図録、NHKプロモーション、2011年、75頁。

* * *

先にも書きましたとおり、18世紀のマイセンはよく見るのですが、19世紀以降の作品を目にする機会はありませんでした。なかなか面白いものがいくつもあります。

「マイセンのバラ 喫茶セルヴィス」は、「スワン・セルヴィス」とはうってかわってシンプルなボディに、やはりシンプルな薔薇の絵付けがなされています。原型は1760年頃ですが、製造は1830〜40年。ここでのキーワードは「ビーダーマイヤー様式」。解説によると、

1718年〜1748年にかけて裕福な中産階級のあいだに広がった生活様式ビーダーマイヤーは、堅実勤勉で家族や友人との絆を大切にする市民の価値観を反映した清楚で親しみやすい意匠を生み、あるいは一組のセルヴィス(セット)を1客ずつ何年もかけて集める習慣など、新たな磁器文化を育んだ。
「新古典主義とビーダーマイヤー」
『マイセン磁器の300年』展覧会図録、NHKプロモーション、2011年、90頁。

どれほどの価格で買うことができたのかは分からないのですが、型や絵付けの工数は「スワン・セルヴィス」よりずっと少なく、おそらくそれまでとは異なったターゲットの人びとにも手に届くような製品だったのでしょう。「一組のセルヴィス(セット)を1客ずつ何年もかけて集める習慣」がこの時期に登場したということも初めて知りました。アメリカにおける割賦販売の普及と同様、少ない予算で収集を始めることができる、そういうマーケットの登場があったということなのですね。


「マイセンのバラ 喫茶セルヴィス」
『マイセン磁器の300年』展覧会図録、NHKプロモーション、2011年、95頁。

下の裸婦画(19世紀前半)は、図録で見る限りただの絵にしか見えませんが、実物をみると感動します。いま流行の3Dです(笑)。
着彩された陶板を光を透かしてみるものなのですが、平面に絵が描かれているのではないのです。陶板そのものが浅浮彫りになっており、その上に着彩されているのです。浅浮彫りが作り出す陰影と、着彩による色彩と陰影の組み合わせ。透明であることが前提ですので、重ね塗りはできません。いったいどうやって仕上がりを予想しながら色を置いてゆくのか、見当もつきません。しかも、磁器の絵の具は焼成前と後とで色が変化します。その変化も想定しながら描かなければならないわけです。マイセン作品としては少々下手物っぽいのですが、制作にかかる技術は相当なものだと思われます。


「陶板画 横たわる若い女性」
『マイセン磁器の300年』展覧会図録、NHKプロモーション、2011年、96頁。

* * *

そして20世紀。アール・ヌーボーもあれば、アール・デコもあります。私の好みはデコ。マックス・エッサー(1885-1945)による造形はすばらしい。「カワウソ」の原型は1926年頃。


「カワウソ」
『マイセン磁器の300年』展覧会図録、NHKプロモーション、2011年、110頁。

同じくマックス・エッサーの「アフリカ象の燭台」は、1924年頃。カワウソのシンプルでありながら生きいきとした造形も、象の燭台の金彩の控えめな使いかたも美しい。


「アフリカ象の大燭台」
『マイセン磁器の300年』展覧会図録、NHKプロモーション、2011年、111頁。

カワウソは高さ43 cm、燭台は高さ70 cm。

* * *

そして会場には20世紀後半にさまざまな芸術家とコラボレーションした作品も出品されています。マイセンが、伝統的な技術を守りながらも、変化し続けている磁器製作所であることがよくわかる展覧会です。

2011年2月17日木曜日

東京都庭園美術館:
20世紀のポスター[タイポグラフィ]01




20世紀のポスター[タイポグラフィ]
——デザインのちから・文字のちから——
東京都庭園美術館
2011年1月29日〜3月27日


チラシの表はTypographyの「T」(K100)を中心にC100M100Y100の色玉。「印刷」をイメージしているのでしょう。
そういえば、庭園美術館のシンボルも「T」の意匠でしたね。
掛けているのかな。


それはないか。

そしてこのエントリを書いていて気がついたのですが(遅い!)、裏面も図版の配置が「T」なんです。


右上にはCMYKの色玉。徹底していますね。
展示されているポスターの大部分がリトグラフかシルクスクリーンで、オフセットでも4色のものはほとんどない、という点はさておき(←いやな性格だなぁ)

ざんねんなことに、表裏をならべてみると「T」の位置が一致しない。
太さは一緒なのに。
ここはぜひとも徹底して欲しかった。



* * *

展覧会の主旨は、竹尾が収集したポスターコレクション約3,200点のなかからタイポグラフィを扱ったものを選び、展示するというものです。すなわち、大判ポスターに現れたタイポグラフィ表現の時代による変遷を追う、ということです。

展示は時代別に4つの部に分かれています。
第1部 1900s-1930s、第2部 1940s/1950s、第3部 1960s/1970s、第4部 1980s/1990s。図録にはこのように第1部のみ「-」で年代が結ばれ、第2部からは「/」です。なにか意味があるのかと思ったのですが、庭園美術館の展覧会サイトではいずれも「〜」で結ばれていますので、深い意味はないのか知らん。

この時代区分は基本的には「印刷技術」と「表現様式」の変化によってなされているように思われます。とくに第4部のタイトルは「電子時代のタイポグラフィ:ポストモダンとDTP革命」。パーソナル・コンピュータの登場と進化によって、表現がいかにして拡がったかのかを見ることができます。

* * *

私の好みのポスターをいくつかあげてみると……

Take a cheap return ticket, Football
Andrew Power, 1925、図録28頁。

Wash day, Rural Electrification Administration
Lester Beall, 1937、図録36頁。

Savon Steinfels, extra ausgiebig
Helbert Leupin, 1943、図録41頁。

DUNLOP
Raymond Savignac, 1953、図録53頁。

Phantasie und Groteske in der bindenden Kunst
Atl Aicher, 1955、図録57頁。

tool, ricerche interlinguistiche
Angiolo Giuseppe Fronzoni, 1971、図録90頁。

なにが言いたいのかというと、私の印象に残ったポスターのほとんどが「タイポグラフィ」が主題というには微妙だということです。

逆に文字だけ、ほとんど文字だけのポスターの共通点をみてゆくと、その多くがデザイン団体の展覧会告知であったり、企業のものであっても商品ではなく、イメージ広告が中心なのです。この展覧会のために選ばれたポスターがどれほど時代を代表するのか分からないのですが、そこからは「タイポグラフィを主体とするポスターは、モノを売るためには適していないのか」という疑問が生じます。

このような疑問に対して、展覧会図録に西村美香氏(明星大学準教授)のすばらしい論考が掲載されています。

……亀倉雄策の「ニコンSP」ポスターもクライアントで日本光学がついているものの広告宣伝用というよりも展示会の商品のバックを飾る壁面装飾用であって、もともとは日宣美展出品作品でデザインが先行する実験的作品であった。今日、50年代60年代を代表する日本のポスターとして紹介されているものにはこうしたクライアントのないノンコミッションのものがずいぶんとある。それには先ほどより述べている日宣美の存在が影響している。……日宣美展で入賞するとその後はデザイナーとして世間に認められるところとなり……そのポスターは後年に至るまで秀逸作品としてとりあげられることになる。そのポスターによって商品の売り上げが伸びた訳でもなく、大衆の心を動かした訳でもないのにである。……
しかしクライアントもなく大衆に支持もされていないポスターが本当に優れたデザインなのであろうか。……広告として機能しておらず大衆をなかば置き去りにしたデザインを優れたものとして評価するのはいかがなものかと考える。
西村美香「日本のポスター・デザインとタイポグラフィ」『20世紀のポスター[タイポグラフィ]』展覧会図録、日本経済新聞社、2011年、181-182頁。

もしもデザインの役割を視覚的造形的手段によって問題を解決すること、とするならば——クライアントはそれを期待してデザイナーに依頼すると思うのですが——ノンコミッションのポスターを「優れたデザイン」とすることは大いに疑問です。タイポグラフィの試みは、はたしてどれほど大衆に影響を与え得たのか。どれほどクライアントの要求に応え得たのか。デザイナーの理想・理念の世界は十分に理解できるのですが、それに対する評価には現実社会との接点が見えないのです。そして今回の展示=セレクションの方針にも同じことが言えます。

* * *

本展の展示では、作品のキャプションは作者名、タイトル、年代程度の記述に留まっています。とくに、どこの国のものかということは書かれていません。展覧会の構成自体「印刷技術」と「表現様式」に焦点を当てていますので、キャプションの限定的な情報からは、企画者は様式がインターナショナルであることを前提としていると考えて良いでしょうか。

展示におけるキャプションが簡略である一方で、図録は非常に充実しています。
作品については、デザイナー/タイトル/内容/制作年/国/クライアント/サイズ/用紙(種類・斤量)/使用書体/印刷技法(+色数、線数)という情報まで記載されているのはさすが竹尾のコレクションです。もちろん図録に使用されている用紙の種類も奥付に記載されています。

また、図録の半分近い頁が、上で紹介した西村美香氏を含む数名のデザイン史研究者による関連研究に充てられているのも特筆すべきです。さらに「あなたにとってタイポグラフィーとは?」という質問に対し、12人のデザイナーがそれぞれ回答を寄せています。


* * *

まったくの余談ですが、警備員さんが巡回しながら作品を熱心に観賞していたのが印象的でした。今回の展示の中で彼の好きな作品は木村恒久の「映画ツィゴイネルワイゼン」(1980)だそうです。

シネマ・プラセット 1980
木村恒久, 1980、図録101頁。

彼はフロンツォーニの作品の前ではさかんに首をかしげていました。

tool, ricerche interlinguistiche
Angiolo Giuseppe Fronzoni, 1971、図録90頁。

私も同意します。


| teien museum | feb. 2011 |

2011年2月15日火曜日

東京国立近代美術館:
栄木正敏のセラミック・デザイン




栄木正敏のセラミック・デザイン —— リズム&ウェーブ
東京国立近代美術館本館 ギャラリー4
2011年1月8日(土)~2月13日(日)

量産陶磁器の展覧会。
副題の「リズム&ウェーブ」とは、作品のタイトルでもある。
チラシの中央の器が「ウェーブ」。
白と、無釉の縁が創り出すラインがとても美しい。

私が使ってみたい思ったのは、「ハンドルの器」シリーズ(↓)。

『栄木正敏のセラミック・デザイン - リズム&ウェーブ』展覧会図録
東京国立近代美術館、2011年1月、45頁。

手にとって試してみたい衝動に駆られる。
tweetを検索してみても、同じようなコメントが多い(笑)。
入手可能なのだろうか。

ギャラリー4で開催される工芸品/デザインの展覧会はいつもシンプル。会場を一周したらベンチに置いてある図録の解説を読み、ふたたび会場を回ることをお勧めする。今回は図録の他に機関誌『現代の眼』も。栄木正敏氏自身の言葉、そして美術ジャーナリスト井上隆生氏の記事は読み応えがある。なぜ図録に載せなかったのだろう。

* * *

以下、メモランダム。

セラミック・デザイナーの栄木正敏(1944- )は、プロダクト・デザイナーの多くが設計図の完成をもってデザインの仕事を終えるなかで、製図から原型制作までを一貫して手がけることで際立った存在です。道具のひと削りに微妙な差が生じる陶磁器デザインの石膏原型を自ら行うことで、手わざを通した思考から、使いやすさ、製造工程の合理性、形へのこだわりをダイレクトにプロダクトに反映し、高い質と揺るぎない独自のフォルムを実現しています。
展覧会サイトより

展覧会サイトの記述にもあるように、栄木正敏氏はプロダクト・デザイナー。白山陶器の製品で知られる森正洋氏も同じく陶磁器専門のデザイナー。デザイナーという職業はひとつの素材にこだわることなく、必要に応じて適切なマテリアルを選択するもの、と私はイメージしていた。土を素材として使い続けるとなると、それは陶芸家とはなにが異なるのか。

おそらく、キーとなるのは「量産」。

陶業地では一品制作の伝統やオブジェを主とする前衛の陶芸家が美術家として遇されるのに対し、量産を旨とするデザイナーは安価に大量に生産されるせいか、軽視されている。
井上隆生「栄木正敏・自己主張する産地型デザイナー」『現代の眼』585号、4頁。

しかし、他方で栄木氏が制作活動を行ってきた瀬戸には、古くから多数の量産陶磁器メーカーが生産を行ってきた。それとは何が異なるのか、といえば、やはりデザインなのだ。

当時、瀬戸では和食器のデザインは伝統デザインの模倣アレンジに価値があり、洋食器やノベルティは欧米貿易商の持ち込むデザインで事足りていて、デザインとしての「独立」はなかった。……五百も陶磁器工場が林立しているのに陶磁器デザイナーもデザインを望む工場も皆無の状態であった。
栄木正敏「私の陶磁器デザインと『三つのびっくり』」『現代の眼』585号、2頁。

千葉県出身の栄木氏は、窯業家の家に育ったわけではなく、また最初から陶磁器の生産に関わろうと考えていたわけでもない。デザイン好きであった高校生のころ、偶々日本橋三越で森正洋氏の土瓶に出会ったのが、陶磁器デザインとの関わりの最初であるという。

……高校生でも買えるこんな格好いいものが自分でもいつか作ってみたいと思うようになったのである。
栄木正敏「私の陶磁器デザインと『三つのびっくり』」『現代の眼』585号、2頁。

陶芸家を目指していたのではない。だれでも手に入れることができる、日常の器づくりを目指していたのだ。

武蔵野美術短期大学で学んだのち、1966年に瀬戸で働き始める。

私がデザインを始めたころには、デザイン依頼は皆無であり、瀬戸の自宅工房で量産の為の提案試作実験ばかりであった。
栄木正敏「私の陶磁器デザインと『三つのびっくり』」『現代の眼』585号、3頁。

栄木氏がすごいのは、こうした状況の中で、杉浦豊和氏らとともに自ら企画・生産・販売のための会社=セラミック・ジャパンを設立(1973年)したことにある。デザインし、製造し、販売する。これまでにない道筋を作り上げたのだ。そしてさらにすばらしいことに、この会社はさまざまなデザイナーとコラボレーションを行い、多くの作品を世に送り出しているのだ。


ただ、pdwebの記事でちょっと意外だったのは輸出に関すること。

--これまでの製品は輸出はされていたのですか。

大橋:いや、外国で売ることはまったく考えていませんでした。以来ほとんど貿易は行っていません。興味を持たれた外国のショップの方が来られて少しお分けすることはありますけど、ビジネスとしては考えたことはなかったです。

--今に至るまでですか。

大橋:ええ。現在では少しずつありますけどね。実績はまだ少ないですけれども、そういうものも大事かなとは思っています。


* * *

『栄木正敏のセラミック・デザイン - リズム&ウェーブ』展覧会図録
東京国立近代美術館、2011年1月、17頁。

『栄木正敏のセラミック・デザイン - リズム&ウェーブ』展覧会図録
東京国立近代美術館、2011年1月、48頁。

『栄木正敏のセラミック・デザイン - リズム&ウェーブ』展覧会図録
東京国立近代美術館、2011年1月、30頁。

* * *

書き初めで「近代美術館」とは、渋い中学二年生。


| kichijoji | jan. 2011 |

吉祥寺にて。