2010年10月25日月曜日

『欲望のオブジェ』復刊 03

『欲望のオブジェ』の邦訳文中、一箇所気になっている部分があります。

私には人様の翻訳上の間違いを指摘できるほどの英語力はありませんが、その部分については別の文献で内容を知っていたため、気になっていました。「再版のための訳者あとがき」によれば、新装版では「いくらか用字用語の改訂・統一をはかった」とのこと。再版されると分かっていれば、鹿島出版会に誤りについて指摘しておけばよかったと、いまさらながら思っています。本書および翻訳の主旨にはほとんど影響していませんが、なにかの参考にされることもあるかもしれませんから、ここに記しておきます。

* * *

当該箇所は、新装版では第2章、50ページ。イギリスの製陶業者ジョサイア・ウェッジウッドが共同経営者であるトマス・ベントリに宛てた書簡からの引用です。赤字が指摘したい部分です。

拝復。貴殿が先の書状でいみじくも述べられているテリン・モデル・アンド・モールド社の欠陥については、私としてまったくおおせのとおりと申し上げるほかありません。残念ながら、チャパード氏はわれわれにとってあまり役に立ちそうにはないのです。彼がわれわれのために一生懸命にやってくれようとしているだけに、私にはよけいつらいことなのですが……。

テリンは、正直に申し上げて、まず何よりも「エンズ・アンド・サイズ」すべての形態に問題があり、それぞれが互いにまったく合わず、飾りのほうにも同じ欠陥が見られます。深皿の上部や蓋についても同様です。彫刻装飾は未完成で、全体がこの種の仕事に必要な技量を示していないので、私は彼をふたたび成形師として採用することには躊躇してしまうのです。
(エイドリアン・フォーティ『欲望のオブジェ』邦訳新装版、鹿島出版会、2010年8月、50頁)

私の知る限り、正しくは以下の通りです。

テリーヌ(チュリーン)の原型(モデル)と型(モールド)を受けとりました。先の書状で貴殿からご説明いただいたとおり、その欠陥につきましては貴殿の説明が誇張ではないとしか申し上げられません。
(中略)
テリーヌは正直に申し上げて、あらゆる縁と側面の形態におそろしく問題があります。それらはすべて互いに調和していません。同様の欠陥が装飾にも、さらにはディッシュの上部とその蓋とにも見られます。

もとの英文も示しておきましょう。

I have recd. the Terrine model & mould, the imperfections of which you describ’d so justly in your last letter that I need only say your acct. of them was not exagerated, I fear Mr. Chubbard will not be of much use to us, which I am the more concern'd for, as he seems so well dispos'd to do his best for us ...

The Terrine is capitally defective in point of truth in the form of all the ends & sides which do not correspond at all with each other, there is the same fault in the ornamts. & likewise in the top of the dish, & the Cover. The carv’d ornaments are not finish’d, & the whole shews such a want of that Masterliness necessary in the execution of these works, as quite discourages me from thinking of employing him again as a modeler.

Adrian Forty, Object of desire, 1986, p. 35.

書簡の日付は1767年12月17日。18世紀後半の書簡ですから、現在ではあまり見慣れない省略形などが用いられ、また小文字であるべきところが大文字になっていたりもします。

冒頭の「recd.」は「received」。「d」のあとのピリオドは省略を表しており、文章は切れていません。もとの書簡では「d」は上付で短い下線が付されているはずです。フォーティの引用は手書きのオリジナルからではなく、Farrer編による書簡集(1903年刊)*からのものです。タイプや印刷では上付+下線を活字に置き換えられないので、ピリオドで代用することが一般的です。また、過去形過去分詞形の「-ed」の代わりに「-'d」が多様されていますが、これはおそらくオリジナルの通りでしょう。
* K. E. Farrer ed., Letters of Josiah Wedgwood, 1903, vol. 1, p. 191.

書簡で触れられているテリーヌ(Terrine)とはチュリーン(Tureen)のこと。蓋付きの深皿を指しています。大文字で始まるため、固有名詞として訳してしまったと想像されます。

下に示した図はウェッジウッド社の18世紀のカタログから、チュリーンの一例。出典はW. Mankowiz, Wedgwood(1966)です。


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気がついてしまったのでついでに記しておきます。

新装版に付された「まえがき」中、歴史家「ブリック・ホブスバウム」とあるのは、「エリック・ホブズボーム Eric John Ernest Hobsbawm」(→ wikipedia)のことではないでしょうか。
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確認しました。「Eric Hobsbawm」です。(20101205追記)

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