2010年6月29日火曜日

公園遊具:下神明のタコすべり台

初めての街を自転車で走っていた夜。鉄道高架の下の暗い角を曲がった先にタコがいました。しかも親子ダコが。


| shimosinmei | may 2010 |

まっかっかの


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ぴっかぴか。


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タコのカタチをしたすべり台が存在することはやっとかめさんのウェブログを見て知っていたのですが、このウェブログは「通りすがり」がコンセプト。あえてどこにあるかも調べていなかったのですが、いきなり遭遇するとびっくりしますね。

やっとかめ どっとこむ / 芝浜の難破船
ただし、こちらのタコとは別物。

ちょっと調べてみると、マニアもいたり、雑誌で特集されていたりと、有名な造形物。地元で見たことがなかったので全く知りませんでした。とくに大井町線下神明駅の近くのものは全国的にも珍しい親子ダコ。さらにはかつて広末涼子のポケベルのCMにも登場したことがあるという著名な蛸だそうで。

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後日昼間に再訪。


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じつは下神明の親ダコすべり台、道路工事のために2007年にいったん撤去されています。品川区のホームページによると、

神明児童遊園は、子どもが遊ぶ公園として昭和39年開設。赤色のタコの形をした滑り台(高さ4.5m、幅10m)がシンボルで、通称「タコ公園」として地元の人に親しまれてきました。

このタコ滑り台は、昭和43年頃に作られた職人さん手作りのタコ。全国で190余りのタコ滑り台がありますが、このタコ滑り台は、親ダコの脇に高さ1.5mほどの子ダコが居る品川区だけの形です。
広末涼子さんが出演したドコモのコマーシャルなどにも登場し、多くの人達に親しまれてきました。
今年2月、補助第26号線道路整備と公園改修工事に伴い公園が閉鎖。代替地に新公園ができることになりました。タコの滑り台は、地元からの惜しむ声を受けて、当初新公園への移設を予定していましたが、親ダコの内部の調査をした結果、老朽化が進んでおり移設を断念。取り壊しが決まり、7月20日(金)、地元の人が中心となってお世話になったタコとのお別れ会が開かれました。

2007年7月20日
タコ滑り台とお別れ会 | 品川区

だそうです。

そして2010年3月、代替地にオープンした新しい公園に古い小ダコと、新しい親ダコが設置されたとのこと。だからぴっかぴかなのですね。

3月5日、下神明駅前に通称「タコ公園」がオープンしました。
……
多くの地元の方がオープンを心待ちにしていた新しい公園は、道路を挟んで向い側にでき、旧公園から移設された子ダコもピカピカに磨かれ、新設された親ダコと並んで設置されました。

2010年3月8日
タコ公園が帰ってきた! | 品川区

いろいろと詳細が次のリンク先に書かれています。


『散歩の達人』2007年9月号に記事が出たとのことですので、バックナンバーをあたってみました。


『散歩の達人』2007年9月号、88〜91頁

このバックナンバー、現在では入手しづらいようですので、記事の要点3つをメモしておきます。

①誰が作ったのか:
メーカーは「前田屋外美術(現・前田環境美術)株式会社」


タコすべり台の原型は「石の山」という「プレイスカルプチャー」。タコの頭のないカタチだったそうで。そしてその作家は、彫刻家の工藤健氏。(工藤健氏は、その後多摩美術大学彫刻科の教授を務め、現在は名誉教授です。)


「石の山」『散歩の達人』2007年9月号、90頁。

②なぜタコなのか:
記事によれば、「私[工藤健氏]が前田屋外に在籍中、営業マンと石の山を足立区役所へ売り込みに行ったら、お偉方に“これじゃ何がなんだかわからん。頭をつけてタコにしろ”と言われたんですよ」。

③下町に多いのはなぜか:
「石の山」が「タコの山」になったそもそものきっかけが足立区のお偉方の一言であった、というわけで、足立区には現在でも10基のタコすべり台があるとのこと(2007年当時)。

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全国のタコすべり台を調べておられる方もいらっしゃいます。神明のタコすべり台の製造工程も。


すばらしい。

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タコすべり台のお値段はいくらぐらいなのか。

2010年3月、北九州市門司区の「和布刈(めかり)公園」には、前田環境美術が手掛けたなかでも最大級のタコすべり台が設置されたそうです。『読売新聞』の記事によると、滑り台の建設費は約4000万円(2010年2月25日西部朝刊5頁)。記事に添えられた写真をみると、神明のタコの倍以上の大きさに見えます。土地代は別でしょうから、かなりの価格ですね。


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「プレイスカルプチャー」で思い出しましたのが、以前にクリップした1958年(昭和33年)『朝日新聞』の記事。



子供に想像力を
“遊戯彫刻”という道具

京王遊園や平和島遊園地に、プレイ・スカルプチャーという遊び道具がある。専門家は「遊戯彫刻」と直訳しているが、京王遊園で、子供たちから名前を募集したら、「ベラ坊ベラ子」というのが当選した。ベラボウなものに見えたのだろう。
これまでの遊び道具はブランコ、滑り台など単純作業のくりかえしのものが多かったが、これだと、よじ登り、滑り、あなくぐり、かくれんぼう、なんでもできる。『こいつと、どうして遊んでやろうか』と、子供に想像力を起こさせることができる、というのが効能書きだ。(以下略)

『朝日新聞』1958年9月4日朝刊10頁。
passerby/ 公園遊具:がらくた公園

『散歩の達人』の記事には「いつ」という情報がまったくないのが残念。前田環境美術の設立年は1967年(昭和42年)。神明のタコすべり台が設置されたのが、1968年(昭和43年)。「プレイスカルプチャー」が日本に入ってきて、10年ほどを経てタコすべり台が生まれた、ということになりましょうか。


| shimosinmei | may 2010 |

新品です。

4 件のコメント:

  1. へ〜そんなに由緒正しい(笑)遊具だったんですか。石の山もタコの山も全部「前田環境美術」の独占製作・販売なんでしょうか。
    僕のは恵比寿の公園なんですが、あそこもタコ公園と呼ばれてます。やっぱりインパクトのある遊具なんですね。
    でもお偉方の一言の結果オーライ、というのがどうも納得いきませんね(笑)。子ダコのように、完全な具象型でないところにセンスを感じていたのに。

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  2. 「石の山」と、価格について少し追記しました。

    やっとかめさん
    そう、由緒正しいらしいです。
    前田環境美術の独占販売のようですが、調べた範囲では意匠登録はされていないようですね。

    前田環境美術では当時美大生がこうした仕事に参加していたらしいですよ。
    記事でも強調されていたのは「ヘンリー・ムーア」の影響。
    抽象彫刻に頭を付けてタコにしろ、という要望を聞いて工藤健氏はたいへん不愉快になったとのこと。とはいえ、現在でも子供たちに愛されていることは喜んでいらっしゃるとのことだそうです。

    目が描かれると一気に具象化してしますね。想像力を育てる(笑)という意味でも、色彩も含めて「タコにも見える」程度で留めていて欲しいと思います。

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  3. はじめまして。滑り台保存館というサイトを運営している「酉」といいます。
    こちらへは、タコの山でサーチしてたどり着きました。
    タコの山の価格のお値段の話題がありますが、以前気になって調べたことがありましたので、コメントさせていただきます。

    昭和43年(1968年)、東京の都営野塩住宅にタコの山が設置されました。この時の記録が、団地自治会が出版した「25年の歩み」という冊子に残っています。
    これによると、タコの山設置工事に、当時の価格で80万円かかったとありました。
    この金額は、昭和40年代前半の、新入社員の年間所得とだいたい同じくらいではないかと思います。

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  4. 酉さん、こんにちは。
    現在の大卒新入社員の年収で考えると400万円以下相当でしょうか。
    下神明レベルのサイズで、現在ではこのお値段では安すぎるようにも思います。
    酉さんは団地自治会の冊子までお調べになったのですね。敬服いたします。私は新聞データベース止まりでした。
    新しいものであれば自治体に問い合わせれば分かりそうですね。

    「滑り台保存館」はすでに拝見しております。その充実度に圧倒されました。お役に立てる情報があるかどうかわかりませんが、こちらでも過去にいくつか滑り台を取り上げています(カテゴリの「公園遊具」)。

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